第37号 はじめに

東京での電車生活  

 11年間滞在したミシガンを後に、このたび、2018年5月末に本帰国しました。

 帰国して一番大きな変化は、ミシガンでの車生活から一転、東京での電車生活になったことです。最近は、どの路線も延長され各線乗り入れが進み、「乗り換えアプリ」のおかげで、初めての場所にもさほど苦労せずに時間どおりにスイスイと行くことができるようになりました。電車内ではケータイもOK、座れれば居眠りもできますし、外でお酒を飲んでも帰宅できるので、電車生活はなかなか便利で快適です。

 また、日本の鉄道は、秒単位で運行管理されており、1分遅延しただけで駅員が「謝罪」放送を入れるほど正確で信頼できます。乗客の方も心得たもので、ホーム上の白線のとおりに2列や3列に整列して待ち、電車が到着すると、降りる人が全員出るのを待ってから、列を乱すことなく最短時間で乗車します。

 通勤ラッシュ時の乗客の様子も見事です。満員電車で立っている人は全員、車内中央から外(ドア)側に向いて立つことで他の人との鉢合わせを回避します。乗車と同時に背負っていたバックパック型ブリーフケースを腹側にまわして抱きかかえ、ケータイを顔面の高さに持って凝視することで「壁」をつくり、パーソナルスペースを確保します。そこには人口超過密な空間でのあ、うんの呼吸と言いますか、暗黙のマナーが存在します。

 逆に、自動改札で読み取りがうまくいかずモタついたり、駅構内で出口に迷って歩くスピードが周りより遅いと、後続する人が顔をしかめるので、不可抗力にも関わらず自分が周りに多大な迷惑をかけたことを思い知らされます。これらは大量の人の流れをせき止める、最悪のマナー違反行為なのです。

 海外生活から帰国すると、日本人はドアをおさえて譲ってくれない、とか、老人、子連れに手を差し伸べない、などとマナーの悪さに苦言を述べる人が多いですが、ドアを押さえて横にずれるスペースも無ければ、手助けのために立ち止まり後続の人の流れを止めれば、迷惑どころか危険ですらあるので、東京では行わない方が良いのです。

 こうして見ると、「人口密度」こそがマナーを決定づける要因と言えるのではないでしょうか。人口過密の東京では、大量の人間を滞りなく流す観点だけでマナーが発展したのでしょう。その弊害としては、集団として細かい点まで同一の行動が求められ、車中での化粧や飲食、子供の泣き声はマナー違反か否か、といった、どうでもよいことが、延々と議論されることにもなるのです。

 しかし、マナーは所詮、平常時の快適さを目的としたものでしかありません。地震、豪雨、台風など自然災害が後を絶たず、凶悪犯罪も発生する昨今、「人口密度」が高いが故に緊急時の被害が甚大になるのは容易に想像がつきます。そろそろマナー云々よりも、「緊急時の対応」を行政も鉄道会社も私たち個人も、常日頃から真剣に検討しないといけない時期に来ているのではないでしょうか。そうでないと東京は、快適だが生き延びられない都市になってしまうでしょう。

(晴子)