UMS (University Musical Society)

 アナーバーに住んで13年になる。アナーバーは決して都会ではないが、ライブパフォーマンスを観る機会には事欠かない。そうした多くの公演の企画運営は、ミシガン大学と関係の深いUniversity Musical Society(通称 UMS)という非営利団体が行い、大学構内のホールや劇場で行われるから、大学町の良さのひとつと言える。UMSによって提供される公演は、音楽では、クラシック、ジャズ、ワールドミュージックなど多岐に及び、加えて、ダンスや演劇もある。9月から翌年4月にかけてのシーズン中、公演数は合わせて40にものぼり、アーティストは、米国内だけでなく世界中の様々な地域から招かれる。

 このUMSを、昨年まで30年に渡り率いていたのは、ケン・フィッシャーさんで、たまたま娘が以前世話になったフルートの先生のご主人だ。フィッシャーさんは元々ワシントンDCで個人でコンサートプロモーターをしていたのだが、縁あってUMSに誘われた。フィッシャーさんがプレジデントに就任した当初のUMSは、歴史があり既に定評もあったが、収益的には決して芳しくなかったそうだ。それをフィッシャーさんが、分野の垣根を超えて様々な人の懐に飛び込んで話を聞き、若い才能の発掘にも力を入れ、新しくダンスや演劇方面にも目を向け、今のUMSを手探りで築き上げた。娘のフルートの発表会で見かけた時には、奥さんをサポートして発表会の後に食べるデザートを並べてくれたりするマメでにこやかなおじさんと思っていたが、こういった経歴を知ると、実はすごい人なんだなあ、と感心する。2014年には、UMSはNational Medal for Artsという芸術勲章を国から受け、フィッシャーさんはホワイトハウスに招かれ、オバマ大統領から直々にメダルを授かった。昨年の引退に当たっては、後継者探しが大きな気がかりだったが、ニューヨークフィルハーモニックのプレジデントを務めていたバンベシエン氏という立派な後継者を得て、晴れやかに引退された。というわけで、今はバンベシエン氏率いる新生UMSの展開も楽しみだ。

 我が家の場合、毎年のようにダンスのシーズンチケットを購入して楽しんで来た。ここに越して来るまで縁がなかったコンテンポラリーダンスも毎年3公演、4公演と見続けたら、面白くなった。マーサ・グラハムやマース・カニンガムなどモダンダンスの大御所の名を冠したダンスカンパニーや、若手の振付師が率いる新進気鋭のグループなど、それぞれに違った魅力があり、甲乙はつけられない。コスチュームを含めた美しい動きにうっとりしたり、自然な体の動きを否定したような奇妙な動きを見せられぎょっとしたり、ソファやテーブルを利用した意表をつく振り付けにハッとしたりと、どれも刺激に溢れている。昨年やって来たヨーロッパのダンスグループは、クールで独創的なダンスを、空を飛ぶワイヤーアクションも使った見事な演出で見せてくれた。ダンサーの体の美しさや身体能力の高さに見とれながら、作品の世界にすっかり浸っているうちに、あっという間に時が過ぎていった。ダンスを間近で見ると、ダンサーのエネルギーが一気に爆発する瞬間やふっと力が抜ける瞬間が、息遣いとともに感じられる。自分が踊っているわけではないのに、一緒にカロリーを消費しているような気がして、ふと、これは美容にもいいかも、などとも思う。気持ちが冴えない時など、舞台のダンサーから質のいいエネルギーを受け取り元気になる気さえする。そんなコンテンポラリーダンスの世界は、最近は進んだ照明技術に加え、映像とダンスが巧みに溶け合った作品も増えて、まだまだ無限に広がっていると感じる。

 伝統舞踊にはまた違った面白さがある。インド舞踊を見た時は、独特のメロディーや楽器の音色を楽しみ、手の込んだ豪華な衣装にも目を見張ったが、足を踏み鳴らす時も、素早く回転する時も、一糸乱れぬとはこのこと、という緻密で美しい踊りにすっかり魅了された。劇場を出た後も、音楽や残像が頭に残り、なかなか興奮が冷めなかった。

 ダンスを中心にUMSを楽しんでいる我が家は異端の方で、UMSが一番得意とするのは音楽だ。公演数も音楽の方がずっと多い。音楽については疎い方だが、次々に名の知れたアーティストやグループがやってくるので、ぽつぽつとクラッシックのコンサートにも足を運んでいる。その中には、ベルリンフィルや内田光子と言った大物のコンサートもあった。日本では海外からの鳴り物入りの公演はチケットが大変高額だとか、入手が難しいという話を聞く。上記の公演には、せっかくアナーバーにいるのだから、と軽いノリで行ってみたわけだが、実際、チケットの入手には苦労をしなかったし、$40−50でなかなかいい席で見ることができた。クラシック以外にも色々なアーティストが招かれる。ジェイク・シマブクロは心に残ったアーティストの一人だ。ウクレレでこんなに迫力のある音楽が作れるのだと驚いた。彼は今年またアナーバーに来るそうだ。

 日本にいた頃はよく演劇を観に行ったものだが、UMSを通じて見た演劇の公演は実はまだ一つだけだ。その一つというのは、世田谷パブリックシアターの『春琴 Shun-kin』だった。谷崎潤一郎の『春琴抄』と『陰翳礼讃』をモチーフにした作品で、陰を生かすような照明や三味線の音色が日本の文化を感じさせる演出だった。すべて日本語で演じられ、ステージの上方に英語の字幕が映し出された。客席の反応はよく、大笑いする声やため息が聞こえて来た。一筋縄で行かない複雑な気持ちのぶつかり合いが描かれた作品だったが、こちらのお客さんも作品世界に引き込まれ、心の琴線に触れるものがあったようだ。春琴を演じる深津絵里は渾身の演技を見せ、気迫がみなぎっていた。その美しい顔につい見とれてしまったが、長年こちらに住んでいる私としては、こんなに細い体で大丈夫?と心配する気持ちもよぎってしまった。余計なお世話だが。

 自分の心を打つライブパフォーマンスに出会えるかどうかは、くじ引きのようなものだと思う。でも、まずは行ってみないことには出会いもないので、UMSのある恵まれた環境を生かして、これからも、好奇心に従って、知名度や分野を問わずなるべくいろいろな公演に足を運びたいと思っている。

UMSのチケット購入について

 ここで少々、UMSのチケット入手についての情報をお伝えします。

 毎年4月に、9月から始まるその年のシーズンの演目が発表になります。チケットの購入方法は、シリーズ別に分かれたシーズンチケットとシングルチケットの2種類があり、5月からシーズンチケットが、8月からシングルチケットが発売になります。

 シーズンチケットは、Choral Union, Dance, Jazz, Chamber Arts, International Theater, Traditions & Crosscurrents, Choral Music, Vocal Performanceの7種類のシリーズがあります。目玉のChoral Unionシリーズは11のコンサートが含まれており、値段は座席によって9ランクに分かれています。一番手頃な席では(11公演で)$146、一番いい席では(11公演で)$800となります。その他のシーズンチケットは3公演から6公演がセットで、$100から$300ほどです。シーズンチケットの特長は、まずは、割引価格であることと、シングルチケット発売前にいい席を確保できることですが、各公演開始の48時間前までに手続きをすれば他の公演に振替をすることができるという特典もあります。この際、チケットの差額を支払うだけで、手数料はかかりません。私もこの特典を何度か利用しました。なお、上に挙げた7種類のシリーズに加え、Series Youという名前の、全公演の中から自分で5公演を選んで組み立てるシーズンチケットもあります。

 UMSの公演やチケットの購入について、詳しい情報は、www.ums.org をご覧ください。


あん子